痛いメンヘラ風のブログを目指していたけれど、なんかどうでもよくなったので普通の日記になりました。
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9がつ27にち・子供ができました
2007/09/28/ (金) | edit |
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9がつ14か
2007/09/15/ (土) | edit |
今日生まれてはじめて美容院にいった。
免許証の写真がぼさぼさな髪だとはずかしいからだ。
友だち紹介割引でカットが3800円という金額は安いと思う。
でもやっぱり自分はファッションにそれほど興味がないので損をした気分になった。
それ以上に、損をしたと思う理由として、「もの」が手に入っていないことが挙げられる。
100円のジュースを自販機の前でおごってくれ、といわれたら、自分はきっとおごってあげない。
100円くれ、となにげなしにいわれたら、気分がよければあげる。
自分は「もの」と「おかね」のつりあった天秤の乗った机を「もの」のほうに傾けて考えている。

美容師は「2か月周期くらいできてくださいwwwwww」といってたが次いくのは免許証の更新ときになるだろう。

9がつ13にち
2007/09/13/ (木) | edit |
自動車学校卒業できた。
すたこらさっさだぜ。
もうこんなところ二度と来ない。
だからといってラクガキしたりプリクラ貼ったりしてはだめだよね。
たつとりあとをにごさず。
旅行先に自分がやって来た証拠を残しておきたいって気持ちは分かるけど、旅行先の人間にとっては自分は数多の旅行者の中のひとりにすぎない。
もし一人旅だったらそのことはしみじみ理解できるはずだ。
でもそれがなまじ大人数で旅行をしてしまうと、自分達が受け入れてもらっている側であることを忘れてしまう。
おおげさにいえば、観光地としてすでに旅行者のために用意されている場所を、自分達が切り開いた新天地とでも思い込んじゃうわけだ。
その旅行が努力を伴なったものであるならなおさらだ。
そうして他の旅行者や観光地の人間に迷惑をかけてしまうような跡を残して観光地を去る人達は少なくない。
普通はバレないけれど。
でももしバレてしまったのなら、きちんとオトシマエつけましょう。



※注)今日の日記は安倍首相退陣表明について暗喩的に述べたものです。
9がつ5か
2007/09/07/ (金) | edit |
クランク・デ・ダツリーンさんからエアメールが届きました。
その手紙の封はしっかりととめられていました。
しょうがないから僕は封筒を切って便箋を出そうと考えました。
はさみがなかったので適当に手で切りました。
でも切りすぎました。
切りすぎたので便箋が破れていました。
少し破れただけなのでセロテープで直そうとしました。
でもテープを貼る位置がずれたので一度はがすと、便箋はとりかえしがつかないほど破れてしまいました。
その便箋によるとどうやら僕は仮免許試験が不合格のようです。
9がつ3か
2007/09/07/ (金) | edit |
山形のテレビのチャンネルは都会より少ない。
見たいアニメが放送されてるテレビ局の周波数に合わせたって砂嵐が流れるだけだ。
それはテレビのアンテナの性能が劣っていて受信できる電波の種類が限られているのではなく、行き交う電波が弱いのだと思う。

山形の人間のチャンネルは都会より多い。
山形の方言は自分にとって聞き取りづらく、車校の教官の指示も砂嵐混じりだ。
対して向こうは、こちらの言葉を正確に聞き取っている。
山形の人間は少なくとも一つ以上、受信できる日本語のチャンネルが多いのだ。
このようなことは方言の上での話だけでいえるわけではない。
自分が普段話している人の中には、声が聞き取りづらい人と感じる人も、聞き取りやすいと感じる人もいる。
同じ方言の中にもやはり周波数のずれが生じている。
だけれど周波数のずれが大きい人とも仲良くなるにつれて、チャンネルを合わせられるようになる。
自分のチャンネルの数は少ないし、周波数のずれも平均値から遠い。
でもきっと誰かは自分のチャンネルに合わせてくれるから、自分は電波を流しつづける。
9がつついたち
2007/09/02/ (日) | edit |
誰かに対して自分の意見を話すとき、そこには反論されるリスクが伴なう。
その「誰か」の人数が増大すれば、それに比例しとリスクも増大するだろう。
それに対してのリスクヘッジの手段としていくつかの方法がある。
最も簡単なものとしてあげられるのは、自分の意見をより信用の高い人間の意見からパクったものにすることである。
この方法により、もし信用の高い人間からパクった意見を正確に伝える話術を持たないというのなら、その人間の書いた本を相手に読ませることも手段のひとつとすることすらできるのだ。
また、相手に反論されないため有効な手立てとして、相手に圧力的な態度を示すことも重要なものと考えられる。
センスとスキルが要求される手段であるが、多人数に対して意見を言う場で集団心理を働かせることにより効力を上げられる点など、それに見合った効果が期待できる。
もちろんこの手段は、地位の高い人間が低い人間に対して使うときにも最も強い効果がある。

これらのことをふまえて、やはり教師という立場は卑怯だと思う。
反感は持っていても、反論はできないと分かりつつ、生徒に一方的な意見を話す。
その行為は、人類史の中で行われ続けてきた「知るものが知らざるものに教える」という尊く美しいものである一面を持っているが、生徒達が反論しようがないと分かってわざと生徒が不愉快になる言動をするような教師は、やはり調子乗って粋がってるだけだと思えてしまう。
8がつ30にち
2007/09/01/ (土) | edit |
子供の頃車酔いがひどかった。
両親は揺れのせいだとか、座席がわるいとか思っていた。
自分はそうは思わなかった。
なんとなく、車に乗ると気持ちわるくなる理由は気付いていた。
自分が車に乗ると必ずある違和感があったからだ。

あの匂い。
不快だった。
悪臭というより化学物質の不健康な感じのする匂い。
あるある大事典か名探偵コナンで聞いたことがあったシックハウス症候群という病気。
自分はきっとそれだと思い込んでいた。
ホルムアルデヒドはまだ肺を汚している。
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